古代王国ガンダーラ地域への宗教・文化観光が促す多文化主義と宗教間の調和と平和
ファザール・ハリク / Fazal Khaliq(パキスタン)
ドーン・メディア・グループ リポーター / 文化活動家 / 2017年度ALFPフェロー
パキスタンのカイバル・パクトゥンクワ州にあるガンダーラ地域は、およそ2000年前、多文化・多宗教の活動の中心地であり、さまざまな文化的背景を持つ人々が協調して生活していた。
ヒンズー教、仏教、ジャイナ教、ゾロアスター教や、ペルシャ、ギリシャ、ローマの各宗教など、さまざまな宗教や文化の信奉者たちが平和に暮らしていた。考古学者や文化の専門家によると、宗教的調和という概念が生まれ、発展したガンダーラは、世界初の完璧な多文化共生のモデルとなった。
この地域はまた、南アジア、中央アジア、東南アジア、ヨーロッパの間の教育・宗教・文化・交易活動の中心地として活気があり、人々がひっきりなしに出たり入ったりを繰り返していた。さまざまな理念が流入したことで、ガンダーラ美術は多様性と崇高なテーマを持つ、比類なきアイデンティティを確立した。要するに、ガンダーラは経済活動などによるグローバル化の影響を受けた最初の地域だったといえる。
現在、タキシラ、ペシャワール、チャルサダ、マルダン、スワート、ブネール、マラカンド、 ディールなどを含むパキスタンのガンダーラ地域の各地には、仏教徒、ヒンズー教徒、ペルシャ人、ギリシャ人、ローマ人およびイスラム教徒にとって、極めて重要な、何千もの神聖な考古学的遺跡が存在し、それらを見るために世界中の人々がこの地を訪れたいと考えている。
しかし、認識の欠如と誤った宗教的信念が原因で、地元のイスラム教徒たちはこのような考古学的遺跡を、自分たちには何の得にもならない単なる廃墟か構造物と考えている。そして、その知識の欠如ゆえに、計り知れないほど価値のある芸術品や重要な遺跡を破壊してしまう。最近まで、遺跡保全に対する理解がなく、保全にメリットも見出せず、政府の関心もほとんどなかったため、いくつかの価値ある遺跡が荒廃する結果になった。
こうした史跡は、それらの破壊を試みる過激派の標的にもなった。7世紀に造られたジャハナバードの磨崖仏の破壊は、彼らの最も卑劣な攻撃の一例である。
保護と保全の取り組み
スワート渓谷とカイバル・パクトゥンクワ州にある、さまざまな宗教や国の貴重な考古学遺産・文化遺産を保護・保全するために、私は友人たちと共にグループをつくり、種々の活動に着手した。
- 最初に、学校や大学で遺跡の重要性についての意識を高める活動を始めた。文化遺産の重要性についての講演やプレゼンテーション、対話形式のセッションを行った。
- 対話形式のセミナーを開催して、一般市民を啓発した。
- 崩れかけた遺跡の保護と保全を訴えるメディアキャンペーンを立ち上げた。適切なドキュメンタリービデオ、資料映像、活字媒体やウェブに掲載する記事を作成して、国際社会、とりわけ仏教徒、ヒンズー教徒、文化遺産愛好家、歴史家、研究者に情報を提供し、アピールした。
- 市民社会のメンバーや若者を含んだグループをつくり、政府機関や非政府組織に対して、遺跡の保護・保全のために着実な措置を講じるよう強く求めた。
- 神聖な遺跡を訪問する旅行者を国内外から誘致する計画を立案した。
成果を励みに
一連の活動が三つの効果を上げた。第一に、学生や若者たちが関心を持ち始め、豊かな文化遺産に配慮するようになった。第二に、旅行者が遺跡を訪れるようになると、文化遺産から利益を享受できることを地域社会が認識し始めた。第三に、政府関係機関が世論の批判を避けるために、文化遺産を保護するようになった。
現在は5年前と比べて状況が変化しており、カイバル・パクトゥンクワ考古学・博物館理事会1 の報告によると、宗教・文化遺産を訪れる旅行者は50%以上増加し、国の外貨獲得に貢献している。
このように、何世紀も前に造られた文化遺産が、ようやく多方面に利益をもたらすようになった。われわれの取り組みにより、今では、東南アジアから主に仏教徒である多くの旅行者が、神聖な仏教遺跡を訪れて礼拝することができるようになった。また研究者は調査のために、文化遺産愛好家は自らの渇望を満足させるために遺跡を訪れることができる。現在では、地元の人々、特に若者たちに、こうした遺跡を守る当事者意識が生まれ、遺跡の近くや周辺に住み経済的な恩恵を受けている人々は、遺跡を保護する取り組みを始めている。
多文化共生に向けた一歩
おそらく、文化・考古学遺産がもたらす最大のメリットは多文化共生への貢献であろう。多文化共生は、さまざまな国籍の巡礼者や旅行者、研究者がこの国を訪れた結果生まれた。
多様な文化的背景を持つ旅行者が訪れて、われわれの社会にさまざまな恩恵をもたらしている。
地元の人々がブータン、韓国、タイ、中国、その他の東南アジア諸国からの仏教徒の巡礼者と出会い交流すると、互いのことを学び、友情を育み、互いの文化を尊重し始める。
巡礼者や旅行者は地元の交通機関、食事、宿泊や買い物にお金を使い、地域経済に貢献するため、地域住民に経済的な恩恵をもたらしている。
旅行者や巡礼者は地域の催し物や文化イベントに参加するので、互いに対する尊敬の念が生まれる。これは、訪問者と地元の人々が互いの文化や伝統を学び合うことにもつながる。
地域住民は旅行者をもてなしの心をもって歓待し、食事や滞在場所を提供する。このようにして、旅行者はもてなしの文化と、考古学遺産の保全に向けたわれわれの真剣な取り組みについて知るであろう。
旅行者も地元住民も、互いに尊重し合うことで、多元的共存や共生の機会を生み出しながら、相手には自分とは異なるつながりがあることを学ぶのだ。
頻繁に交流し、互いの文化や伝統を学び、互いの規範を尊重することは、多様な文化的背景を持つ、さまざまな国籍の人々の間での調和を実現する最善の方法である。われわれの文化遺産は今や、宗教間の調和と永続的な平和を生み出す源になろうとしている。
民族的・宗教的調和が存在した、ガンダーラにおける多文化主義の黄金時代が、観光と巡礼によって再びやってきた。古代王国ガンダーラの地で宗教・文化観光を推進するために必要な措置を取るかどうかは、パキスタン政府に委ねられている。
※本記事の内容や意見は著者個人の見解です。