国際移住問題に対する包括的アプローチの必要性
张雅莉(ザン・ヤリ)/ Zhang Yali(中国)
ニューヨーク市立大学大学院センター 政治学博士 / 2011年度ALFPフェロー
人の移動は目新しい現象ではないが、グローバル化の進展とともに着実に加速しつつある。国連の推計によると、2019年の国際移住者の数は、2010年の5,100万人から2億7,200万人に増加した。ヨーロッパと北米に加え、北アフリカとサハラ以南のアフリカ、および西アジアで移住者が急増した。さらに近年は、シリア、南スーダン、ミャンマー、ベネズエラなど世界各地でみられたように、戦争、紛争ならびに人権侵害が要因となり、自発的な移住よりも強制移住が急速に増加してきた。1
大勢の移民を受け入れるに当たっては、法と秩序から職、教育、医療に至るまで、幅広い社会 サービスを提供する国の能力が試される。加えて、文化、価値観、ライフスタイル、さらには宗教の対立が、異なる社会集団の間に緊張を生み、社会不和を招く。現在みられる国際移住者の分布の偏り、強制移住の大幅な増加、移民・移住者の多様性といった要素が相まって、個人、社会、政策決定者、世界の指導者たちに、これまで以上に新たな課題を突きつけている。
国境の閉鎖や壁の建設をもってしても、移住の潮流は止められない。この喫緊の課題に対処するには、構造、国、社会のそれぞれのレベルでの協調的行動を必要とする、包括的アプローチが求められる。
何よりもまず、平和は強制移住の増加を抑制し、秩序ある移住を可能にする唯一の方法である。シリアの内戦からミャンマーのコミュニティ間の紛争まで、戦争や紛争は国を荒廃させ、人々の生活を破壊し、未来を求めて集団移住する人々を生み出している。ヨーロッパの移民危機が明確に示すように、グローバル化した世界では戦争や紛争の影響から逃れられる国はない。従って、構造レベルでは、紛争の防止、紛争解決に向けた対話、国際秩序の尊重、国際ルールや規定の推進等のあらゆる取り組みが戦争と紛争の減少に寄与し、非正規移住を生み出す構造的要因を最小限に抑えることになる。
他方で、母国の平和と経済の発展は、移住者の自発的な帰国を促すことにつながる。私が住んでいる米国の町で気づいたことだが、日本人が米国へ移住したのは主に1980年代で、その後1990年代に韓国人、そして近年は中国人である。このパターンは、これらの国の経済発展と相関関係にある。母国の経済が発展すれば、その国の国民が一時的に他国に移住した後、帰国する可能性が高まる。現在、米国に住む中国人学生がそうだ。20年前と比べて、卒業後に中国に戻る学生が大幅に増えている。
世界各国は協調して行動する必要性を認識し、2018年、国連の下で政府間合意「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト(GCM)」を交渉、採択した。GCMは、移民に対する法的人格や、適正な仕事と基本的サービスへのアクセスの確保、ならびに社会への完全な受け入れと融合など、23項目の目標を規定している。2 採択に当たり、164カ国が署名して強い政治的意思を示したが、主な移民受け入れ国が国内有権者のプレッシャーを受けて署名に消極的だったという事実から、それぞれの社会内部において、移住をめぐり根深い緊張と分断があることが分かる。3
ヨーロッパにおける移民集団と受け入れ側の社会の間に生じた緊張関係が示すように、有効な移民政策には移民に門戸を開くだけでなく、移民を社会に溶け込ませる努力が必要である。偏見や差別や非難は、移民が移住先の文化や社会に溶け込み、一体感を得ることを妨げるだけだ。極端な場合には、過激思想やテロに走ってしまうこともある。5 従って、国家レベルでは、他の市民と同等の権利を移民に与える法律や政策を策定することが重要だ。差別のない環境を推進するため、ジョン・F・ケネディ大統領は1961年、マイノリティを平等に雇用・待遇することを命じる初めての「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を進めた。アジア諸国の中には、少数民族に有利な中国の教育政策や、地理的に不利な環境にある学生が高等教育を受けられるようにするスリランカの標準化政策のように、不利な条件に置かれた社会集団を支援するアファーマティブ・アクションを導入した国もある。6
社会レベルでは、移民の受け入れと融合を助け、促進するに当たり、民間団体(NGO)が重要な役割を担うことができる。私自身、「Asian Americans for Equality (AAFE)」という米国のアジア系アメリカ人の支援を行うNGOの助けを受けた経験がある。その名前が示すように、AAFEはコミュニティ内における平等の推進を目指しており、適正な住まいを得る権利の確保から、クライアントが社会支援プログラムを受ける手助けや少額の貸付のほか、第二言語としての英語コースや市民教育を提供するなど、さまざまなサービスを提供している。7 またアジアの文化をたたえ推進する活動や、アジア系移民の意見や懸念を政府に伝え、関心を向けてもらうために彼らの政治参加を促す活動も企画する。この組織を通じて、アジア系アメリカ人は、新しい国での生活に適用するために必要な資源を得るだけでなく、自らが属し、頼ることができるコミュニティを見つけることができるのだ。
グローバル化の加速に伴い、世界中のコミュニティが多文化共生という現実に直面している。移民の74%が労働年齢にあることを考えると、移民の流入は課題だけでなく機会をもたらす。 特に、労働資源が不足している高齢化社会にこれが当てはまる。移住に対する取り組みとして、同化により共通のアイデンティティが形成される「メルティングポット(るつぼ)」アプローチと、法律と市場のつながりの下、別々の文化を維持することを提唱する「サラダボウル」アプローチのどちらを選ぶかという議論が続いている。8 それでもなお、人種差別と排外主義は憎悪と不信を生み、社会を分断し、過激主義の原因となるだけだという点ではどちらのアプローチも一致するだろう。国連教育科学文化機関(UNESCO)が正しくも指摘しているように、「生物多様性が自然にとって必要なように、文化の多様性は人間にとってなくてはならないもの」である。10
※本記事の内容や意見は著者個人の見解です。
記事一覧に戻る